KOJIMARU⑧WALKER

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下津井城跡 その1

下津井 歴史探訪(下津井) 塩飽諸島

今回は下津井城跡のお話です。

 下津井周辺の瀬戸内海は四国との距離10km程度と近く、塩飽の島々の連なりもあり、水軍含む軍事や海運の拠点として政治・経済的に重要性が高い地域でした。

高さ89mの山には、宇喜多氏により当時は城砦として16世紀末には築かれていたようです。
江戸時代に入ると池田藩の統治となり、現在の石垣が残るような城郭へと整備されましたが、幕府の一国一城の政令により廃城。

その後の下津井は、江戸時代には北前船渡航地、観光参拝として吉備津神社~由加神社&蓮台寺金比羅へと「三社参り」「両参り」といわれる「金比羅往来」の要所として栄える中、「城山」として地域に愛されつつ、昭和43年には県の指定史跡に登録、今に石垣を残しています。

現在は残念ながら整備状態は良くないのですが、春には300本といわれる桜がきれいに咲き誇るようです。

*「下津井城跡」で検索すると訪問記録として紹介されてたりしますが、数年前より木々が茂ってきていて、瀬戸内の風景が眺められる場所はごく限られています。

*下画像の城跡撮影は2016年9月です。

*駐車場は100台程度の広さがあり無料(WC有り)

<城跡北側のエントランスゾーンにある案内図>
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<本丸跡方面>
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<西の丸跡・馬場跡方面>
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<本丸天守跡>
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<三の丸跡>
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<二の丸跡にある城跡遺構図>*移りこみ&ピントズレで少し見えずらいです
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